タッピングトーンと音の聴き分けについて(研究忘備録 2013年頃)

*研究ノートです。まだ完全に整理されていない段階のものですが、
自分にとって意味のある考察で、
あまり読み手に伝わるような気がしない内容のものを扱います。
自分のノートです。適当に読み流してください。


なにか「物」を叩くと、「音」が出ます。
また逆に、「音」さえ出れば、それは何かの「物」と考えて良いでしょう。
何かを叩いて出る音を、タッピングトーンといいます。
このタッピングトーンは単音ではなく、
複数の周波数の音の集合として聞き取ることができます。
この時、一体どのくらいの種類の周波数の音を、聞き分けることができるでしょうか?
注意深くタッピングトーンを聞いて、その中にある音にラベルを貼っていく訳です。
いわば、頭の中でタッピングトーンを、フーリエ級数展開するのです。

また、この能力は人によって同じではないでしょう。
たいていは、2音、3音、多くても4,5音ぐらいが、
自然に聞き取れる音の種類でしょうか?
音楽的トレーニングを積めば、もっとよくなるかもしれません。
また、モーツアルトのような音楽的天才は、
一度に10音以上(あるいはもっと)の音を聞き分けられたようです。

「タッピングトーンに含まれる音の周波数を、どのくらい聞き分けることができるか?」
という問題は、そのタッピングトーンの協和関係の意味を、大きく変えてしまいます。
例えばモーツアルトのように、10音以上の音をはっきりと聞き分けることができる
耳の持ち主には、明らかに濁って聞こえる(不協和な)タッピングトーンも、
3音ぐらいしか聞き分けることのできない耳にとっては、
澄み切った(協和した)音に聞こえるかもしれません。
感度が低いおかげで、余計な音をマスクしてしまうということです。
(余計な音をマスクできない、感度のよい耳の持ち主には、
耐え難いノイズとして聞こえてしまうはずです。)

これは、「ヴァイオリンの名器が存在するか?」という問題にもつながる話です。
あまり感度のよくない耳の持ち主には、
その辺の楽器と、ストラディバリなどの名器との違いは、
存在しないことになるということです。
さて、このことを考慮に入れた上で本題に入ります。

フォノグラムはタッピングトーンの分布を示したものですが、
これは少し説明を簡単にしてしまっています。
本当は、タッピングトーンの複数の周波数の音を聞き取って、
その複数の音(和音)の協和度のピークと不協和度のピークに印を付けたものが、
フォノグラムの正体です。したがって、聞き分ける音の能力差によって、
協和の意味が変わってきてしまいます。
このことはこれ以上議論しませんが、
2~3音聴きわけができさえすれば最終的に問題はないことを、
後からもう一度突っ込んで考えます。

このタッピングトーンに含まれる複数の周波数の音を、音列集合と呼ぶことにします。
音列集合は無限集合としておきます。
音列集合は板の各点に張り付いていますが、板を削って共鳴状態を変えれば、
音列集合の協和度に変更を及ぼすことができます。それは連続的に変化します。
そして、音列集合には、協和のピークと不協和のピークが必ず存在します。
このとき、複数聞こえる音列集合の代表的に聞こえる音だけに注目しても、
そのピークが確認されるはずです。
また、前半で議論したように、音の聞き分けの能力差によって、
協和のピーク、不協和のピークの意味合いが違ってきます。

とにかくここで重要なことは、音列集合には協和のピーク、
不協和のピークが存在していること、
そして、協和、不協和という情報はフーリエ級数にはないこと、
また、協和、不協和という情報は生理反応がもとであることです。

音列集合の不協和のピークは、肉体の生理としては「緊張」を誘発し、
協和のピークは「弛緩」を誘発します。この肉体の弛緩と緊張によって、
音列集合の協和のピークと不協和のピークをプロットしてできたものが、
フォノグラムです。
フォノグラムが計測できないのはこういった理由からですが、
逆に言えば、肉体の弛緩と緊張とタッピングトーンの協和度のピークと、
不協和度のピークが対応することがはっきりしたので、それを検出できるモニターを考えれば、
観測データとする事が出来るはずです。
それは生理反応を反映するものである必要があります。
これは客観的なデータになりえると思います。
なぜなら、これこそ音楽が存在できる理由であるし、
整体が効果する理由でもあるからです。

つづく