音を観る

共感覚(きょうかんかく、シナスタジア、synesthesia, synæsthesia)とは、
ある刺激に対して通常の感覚だけでなく異なる種類の感覚をも生じさせる一部の人にみられる特殊な知覚現象をいう。
例えば、共感覚を持つ人には文字に色を感じたり、音に色を感じたり、形に味を感じたりする。

共感覚を手がかりに主観的な心の世界と客観的な脳との関係を深く探る手がかりとしようとする研究が継続的に行われている。
赤ちゃんにおいては視覚、聴覚、味覚、触覚、嗅覚等の異なる種類の感覚が未分化な知覚を生み出しており、
通常その後の成長による感覚の発達にともなう脳の結合の変化によってこうした共感覚は失われていくとされる。
この場合、成人して共感覚を保持している人は発達の過程で何らかの理由で脳の異なる部位への結合が保たれ、
これらの複合した知覚もそのまま保たれているとする説もある。

共感覚の中でも、音楽や音を聞いて色を感じる知覚は「色聴」といわれる。絶対音感を持つ人の中には、
色聴の人がいる割合が高い。また、色聴は共感覚の中で一番発生率が高いと報告されている。
色を感じる音にも様々なものがあり、音程、和音、単語、または音楽自体が聴こえることもある。
似たような感覚として「音視」というものもある。これは色に形や音が聴こえるという色聴とは反対の感覚である。(ウィキぺより抜粋)

フォノグラムは共感覚の一種かもしれないと考えるようになりました。
ちなみに、私の感じる能力は、人に意識を集中するだけで、東洋医学で言われる「経絡;気の流れ」
が瞬時に解ることです。
それを描きだしたものがフォノグラムです。
人だけでなく もの(例えば楽器)の経絡も観えます。
共鳴を殺している所が”渦巻き”に観えます。
人体では硬結と呼ばれている所に対応しています。

*これは、自分でもまだ理解できていないことですが、
写真からでもフォノグラムが取れてしまいます。*

jj

まるで、相手の体の情報が自分の中に伝わってくるようで
相手の痛む所がこちらに伝わってきます。

ですから苦しんでいる人のそばにいると、
こちらも苦しくなってしまいます。

以前、電車に乗っている時に、ちょっと近くに来て欲しくないな~
と思う人が私の隣に座りました。

だんだん相手の身体情報が私の体に伝わってきます。
子供がすぐに意味もわからずにまねをすることに似ています。
コピーしてしまうのです。

苦しくて立ち去ろうかなと思った瞬間、その人が眠りだしました。

その瞬間、私の体も一気に気持ちよくなってしまいました。
睡眠とは、全身が脱力することにより、強制的に丹田に気を集めることと言っても良いです。
*人間は、食事なしでも生きていけますが、睡眠なしでは生きていけない理由がこれです。*
全身に気が通り始めました。

また、これも電車に乗っていた時の話ですが、若い恋人同士が近くに着ました。
恋をしている女性は輝いているというのは本当です。
胸の辺りから、ポカポカと温かいものが溢れている感覚がこちらに伝わってきました。

古来、女性は太陽(アマテラスオホミカミ)だった

というのは、嘘ではないようです。
女性というものは、敬い奉ることによって、太陽になるのです。

話が少し脱線しましたが、フォノグラムも共感覚の一種ではないかということです。

観音という言葉もおかしな言葉です。
音は聞くものであって、観るものではないからです。

フォノグラムは「音の図形」ですが、音を観ています。

五感が未分化な赤ん坊が、まったく違う情報処理をしているという記述に
とてもしっくりした感じがします。

子供なら誰でももっていて大人になると消えてしまう能力。

フォノグラムもその一つです。

このようなことに、学術研究が目を向けだしてくれているというのは
私にとってはうれしい話です。

十年前では考えられなかったことです。

ちなみに、私には他の共感覚は一切ありません。

一番近いのが、海外ドラマのheroesに出てくる、
ピーター=ぺトレリのエンパス(同調)の能力です。
相手の身体情報とともに、相手の発想や考えもなんとなくですがコピーできます。

最近では、さほど苦にならなくなってきましたが、
以前はこの能力にとても悩まされた時期もありました。